生前贈与とは
生前贈与とは、亡くなる前に財産を分け与えることで、行為としては単純に誰かになにかをあげる「贈与」という行為です。相続税対策として課税されない程度の金額を生前に少額ずつ贈与したり、本来相続人になりそうもない人への遺産を分配したり、そういった意味で行うと生前贈与といわれたりしますが、実は家の建て替えの資金や、高額な学費、事業資金などの相続人への贈与は、贈与した人(被相続人)が亡くなると、何十年も前のことでも生前贈与として相続に関係してくることがあります。
どうして生前贈与は相続に影響するの?
生前贈与が相続に影響するのは、一言でいえば相続財産を公平に分けるためです。
時代とともに日本の社会・文化が変わってきたように相続の法律も変わってきていますが、どんな形にしろ揉め事は絶えないのが相続です。現代の民法では相続になんと150以上の条文を割いて、できるだけ問題が起きないように細かく規定しています。
ただそれでも、現代の家庭裁判所に持ち込まれる事件の多くが相続関係であることから、相続がいかに難しいものかがわかります。
そしてその争いになる大きな原因の一つが不平等。
例えば、父親が亡くなり兄弟2人が相続人で相続財産の1000万円を500万円ずつ分けることになったとします。ところが父親は兄が借金で困っていた時に、借金500万円を兄の代わりに返済していたとしましょう。相続開始時の遺産が1000万円だから兄と弟で500万円ずつ分けたとしても、弟からみれば兄は生前の500万円と今回の500万円で1000万円もらっているのに、自分は半分の500万円しかもらえないことになります。
相続開始時の相続財産の他に、被相続人が生前に相続人に贈与した財産を「特別受益(遺産の前渡し)」として、相続財産に「特別受益の持戻し」することで、相続人間の不平等を可能な限り減らして相続を円滑に行うというのがこの法律の目的です。
特別受益
生前に「遺産の前渡し」として贈与された財産のことを「特別受益」といいますが、贈与したすべてが特別受益になるわけではありません。
贈与した財産の中でも基本的に遺産の前渡しと判断されるものが【特別受益】になり、【扶養の範囲内】の贈与は特別受益にはなりません。
特別受益になるかならないかというのは、贈与時の状況や資力などを総合的して判断されます。ケースバイケースで結構判断が難しいので、最終的には個別に弁護士に聞いて遺産分割協議をすすめたり、遺産分割協議で合意できなければ家庭裁判所に証拠を提出して確認することになります。
ここでは、一般的に特別受益となるものとならないものを挙げていきますが、前述の通りケースバイケースですので絶対ではありません。
特別受益になる贈与
明らかに扶養の範囲を超えているものが特別受益と判断されます。
事業の開業資金
事業を始める行為は通常の生活の範囲ではないので、それを資金援助するのも扶養の範囲を超えた贈与といえるでしょう。
住宅の購入資金
特別受益になりやすい例が住宅資金です。住宅ローンの頭金や土地の購入費用など、まとまったお金が必要になりやすく、また相続人全員に同額を渡すということも少ないのが原因かもしれません。
借金の代理弁済
これもよく出てくる特別受益の例です。親が子供の一人の借金を清算しているような場合ですね。借金の弁済を肩代わりするのは、少額であれば扶養の範囲とみなされやすいですが、高額になれば特別受益とみなされることがあります。
土地の無償使用
親の土地にタダで家を建てて住んでいた場合などが典型例ですが、土地を譲渡されていなくても無償で使用していた場合は、その間の地代が特別受益になります。
扶養の範囲を超える、結婚や養子縁組の資金
結婚や養子縁組などの際に、親が子にある程度のお金を援助するのは一般的ですが、高額な場合は特別受益と判断されることがあります。
特別受益にならない贈与
逆に特別受益になりにくいもの、つまり家族の扶養の範囲内と判断されるものはこちらです。
生活費の援助
月数万円程度の仕送りなど、一般的に家族の扶養と考えられる範囲での生活費の援助は特別受益とはみなされません。
学費
子供の学費を親が出すのは一般的な行為で、通常は家族の扶養と判断されます。ただし、特に相続人の1人だけが高額な海外留学をしていたり、明らかに公平ではない形で学費の支援が行われている場合などは、特別受益と判断されることもあります。
祝い金
合格祝い・結婚祝い・出産祝いなど、常識の範囲内のお祝い金は特別受益にはならないと考えてよいでしょう。
結婚式費用の援助
結婚費用も、一般的な範囲での援助は特別受益になりません。これは日本の文化として、結婚式は個人で行うものではなく家同士で行うもので、結婚の費用も【結婚する当人ではなく家が払う】という考え方があるからだと考えられます。
ただしこれも絶対に特別受益にならないわけではありません。
建物の無償使用
土地の無償使用は特別受益になる、と書きましたが、建物の無償使用は原則として特別受益にはなりません。
死亡保険金
死亡保険金は、相続人の1人だけが受け取った場合、一見すると不公平に見えるかもしれませんが、被相続人から直接贈与されるものではないので、原則として特別受益になりません。
ただし例外として、遺産総額と比較して死亡保険金が非常に高額な場合に、裁判所が特別受益と判断した判例があります。ただし本当に例外中の例外なので、基本的に特別受益には当たらないと考えてよいでしょう。
特別受益は被相続人の気持ち次第
上記のような特別受益になる贈与でも、被相続人が持ち戻しをしないで欲しいと表明した特別受益については持ち戻しされないので相続財産に含まれません。
ここでちょっと【?】と思う方もいるかもしれません。
生前贈与分を特別受益として相続財産に持ち戻すのは、相続人間の遺産分割を公平に行うためのものです。
それなのに、持ち戻しをしないで不公平にするのはおかしくないか、という疑問が当然のように湧いてくるのではないでしょうか。
遺産の分割はまずは遺言書があるかないかを確認し、遺言書がない場合に法定相続割合をベースに分割協議をすることになっています。つまり【法定相続割合よりも被相続人の遺言が尊重される】ものです。
ですから相続人が「そんなの不公平じゃないか」と思ったとしても、被相続人が持ち戻しを望まなければ原則として、相続財産への持ち戻しは行われず、特別受益を受けた相続人は特別受益分は抜きで相続財産から相続分を受け取る権利があります。
ちなみに持ち戻し免除の意思表示の方法は法的に指定がありませんが、遺言書や贈与契約書などに持ち戻し免除の意志を記載するのが一般的です。
また民法大改正で「持ち戻し免除の意思表示の推定規定」というのが設けられ、20年以上の婚姻期間のある配偶者の居住用の建物または土地については、被相続人が持ち戻し免除の意思表示がなくても持ち戻しをしないで遺産分割をすることになりました。
相続人全員の同意があれば持ち戻し免除になる
被相続人が特別受益の持ち戻しの意志を残していなくても、相続人全員が持ち戻しの免除に同意すれば特別受益があっても相続財産に加算する必要はありません。
例えば相続人が兄弟2人で兄が実家の土地家屋を生前贈与されていた場合、弟はすでに別の場所で家を購入していて「実家は兄貴が継ぐんだし俺は家があるから、それは計算に入れなくていいよ」というような流れはよくあります。
遺言書がある相続でも、相続人が話し合って全く違う形で相続することになる場合もあります。相続人の遺産分割協議が円満にまとまるなら好きにしていいですよ、という感じでしょうか。
相続人以外への生前贈与は持ち戻しにならない
特別受益の持ち戻しとして相続財産に加算されるのは、あくまで被相続人が相続人に対して贈与したものが対象です。贈与した相手が相続人以外だった場合は、持ち戻し規定の対象外になります。